スピリチュアルに関する事を実践するうちに、「難民」「スピ難民」と呼ばれる状況に陥る場合があります。
ここでは、「難民」のスピリチュアルな意味や、向き合い方について、詳しく解説していきます。
「難民」のスピリチュアルでの象徴や意味
「難民」のスピリチュアルでの象徴や意味
スピリチュアルの文脈でいう「難民」とは、あるスピリチュアルの考え方や手法が思った結果にならず、他の手法を渡り歩く様子を、祖国を追われ流浪する「難民」に喩えたものです。
実はこれは当たり前の事です。
スピリチュアル的手法は千差万別、人それぞれの相性があります。
そして探す過程そのものが、魂の修行です。
例えば、高次存在の一柱である釈迦は、真っ直ぐ仏教に辿り着いた訳ではありません。
3人の師を渡り歩き、苦行者として修行しながら途中で放棄しています。
更に辿れば、多数の過去生で様々な功徳を積んでいた事が『本生譚(ジャータカ)』に顕され、正しく「難民」状態だったと言えるでしょう。
「難民」のスピリチュアルメッセージ
「難民」のスピリチュアルメッセージ
「難民」であると自覚した時の経緯や感情にメッセージは顕れます。
ここでいう「難民」は、スピリチュアルに関するもので、社会問題としての「難民」は別カテゴリです。
「難民」のスピリチュアル的な解釈
「難民」のスピリチュアル的な解釈
「難民」のスピリチュアル的な解釈は次の通りです。
「難民」いい意味での解釈
「難民」いい意味での解釈
「難民」であると自覚しつつも、方法を変える毎に何かしら学びや手応えがある、それぞれをそれなりにしっかり修得している、より良いものが見つかったため手法を変えた、といった場合は良い意味です。
あなたは、スピリチュアル的な手法を切り変える中で成長し、魂が磨かれています。
今生ではなくても、未来生のどこかで、求めるものに辿り着けるでしょう。
「難民」悪い意味での解釈
「難民」悪い意味での解釈
「難民」であると自覚した事で、不満を感じながら今の手法から動かないと決意する、説明だけ、買っただけになっているものが多い、期待しているものが金銭や病気の快癒など即物的である、といった場合はあまり良い意味ではありません。
あなたはスピリチュアル的手法の「見極め」のタイミングが早すぎるか遅すぎる状態で、学びになっていません。
このような時は、まず自分に向き合い、スピリチュアルによって解決したいものの本質を見極めましょう。
金銭が欲しいなら、何の為か、物でマウントを取りたいなら、その渇望は何故訪れているのか、突き詰めましょう。
考え方次第で解決するものや、現実の努力で達せられるものを省き、最後に残ったひとつまみがスピリチュアルで解決すべき問題です。
その視点で見た時、使うべき手法は大きく絞られていくでしょう。
まとめ
まとめ
スピリチュアルにおける「難民」は、様々な手法を渡り歩く人の事ですが、決して悪いものではなく、魂の修行ともなります。
良い意味としては、それぞれの手法でよく学び、魂が磨かれている状態です。
悪い意味としては、見極めのタイミングが合っていません。
このような時は、あなたの解決したいものの本質を見極めましょう。
それによって、使う手法は大きく絞られていくでしょう。